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東京地方裁判所 平成8年(合わ)141号 判決

主文

被告人を懲役二年六か月に処する。

未決勾留日数中一八〇日をその刑に算入する。

平成八年三月二一日付け起訴(同年九月一七日訴因変更のもの)にかかる公訴事実について、被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人は、わいせつビデオ映画の制作販売業を営んでいたものであるが、わいせつビデオ映画制作の際に女優として自慰等の性戯をさせる目的で、平成七年一二月二〇日ころ、東京都渋谷区代々木〈番地略〉○○ビル二階の被告人の事務所において、B子(当時一五歳)と面接し、同女に対し、「セックス場面は撮らないで、入浴シーンやオナニーシーンを中心に撮る。」「出演料はいくら欲しいの。」「顔や人物がわかる部分はあまり撮らないし、入浴シーンなどで変な部分が写ったらボカシを入れる。三万円欲しければ三万円なりの内容でいく。五万円欲しければ五万円の内容でいく。親や友達には絶対分からないようにするから安心しなさい。」などと申し向け、自己の制作するわいせつビデオの女優として稼働することを説得勧誘し、もって、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者を募集した。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

被告人は、前示犯罪事実につき、B子と面接した際、同女を全裸にせずに下着を着けさせてビデオを撮影するつもりであったから公衆道徳上有害な業務に就かせる目的はなかったと主張する。右主張は、B子の供述内容に反するばかりでなく、被告人自身がその後に実際にB子を全裸にして撮影していることに照らしても疑わしいところであるが、仮に、当初は被告人が主張するような意図であったとしても、本件のように心身の発達途上にある一五歳の女子中学生が自慰などをし、その場面を撮影させて報酬を得るということは、当該女子の人格や情操に悪影響を与えるとともに、現代社会における善良な風俗を害するものであるから、このような業務が職業安定法六三条二号にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当することは明らかである。したがって、いずれにせよ、被告人の主張は理由がない。

(累犯前科)

一  事実

平成三年一二月一〇日東京地方裁判所宣告

わいせつ文書等所持罪により懲役一年

平成四年一一月九日右刑の執行終了

二  証拠

前科調書(乙12)

(法令の適用)

一  罰条 職業安定法六三条二号

二  刑種の選択 懲役刑選択

三  再犯加重 刑法五六条一項、五七条

四  未決勾留日数の算入 刑法二一条

五  訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(一部無罪の理由)

一  平成八年九月一七日訴因変更後の同年三月二一日付け起訴にかかる公訴事実の要旨は、

「被告人は、平成七年一〇月二八日ころ、東京都豊島区目白〈番地略〉モデルプロダクションD事務所において、同事務所経営者Cに対し、わいせつビデオ映画制作に際し自慰等の性戯をさせる女優の引き合わせを申し入れ、翌一一月初めころ、右Cに、A子(当一九年)を右女優とする旨申し込み、同月三日ころ、右Cをして、同女にその旨承諾させ、同月八日ころ、東京都渋谷区渋谷〈番地略〉喫茶店『××』店内において、同女と面接の上、同女に対し、『顔を撮ってもいいか。尺八や一人エッチができるか。そんな無理はしないからやってくれるね。』などと申し向け、自己の制作するわいせつビデオの女優として稼働することを説得・勧誘し、もって、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者を募集した。」

というものである。

二  検察官は、本件において、〈1〉A子はわいせつなものを含めたビデオ等の女優やモデルとなるべくDに登録していたが、具体的に女優等として就労するためには、ビデオ製作者らからCに対して申入れがあって初めてCを介しての申入れを受け、女優等として就労するかどうかを決める手はずになっていたこと、〈2〉被告人は、わいせつビデオを多数撮影制作するため、平成七年一〇月下旬ころ、D事務所で、Cに対し、ビデオに出演する女優の引き合わせを申し込み、宣材と称する写真(女優の体形等を付記したもの)やCの売込みをきっかけにして、出演してもらいたい女優を選んだこと、〈3〉被告人は、同年一一月初めころ、Cに対し、出演料を一六万円とするなどとしてA子をわいせつビデオの女優として使う旨申し込んだこと、〈4〉これに応じて、Cは、同月三日ころ、A子に対し、被告人の撮影するビデオの出演申込みを伝え、A子はそれを承諾したこと、〈5〉被告人は、同月八日ころ、A子に会い、撮影内容を説明して同女の承諾を得た後に撮影を始め、同女を女優として使用したことなどの事実が明らかであり、以上の事実関係からすれば、A子をビデオの女優として使おうとした被告人が、Cを介して、何らかの女優又はモデルとして働く意思を有しているA子に対し、被告人の撮影するわいせつビデオの女優として出演することを勧誘した事実が明白であるから、これが職業安定法六三条二号の「募集」に当たることに疑いはないと主張する。

三  他方、被告人及び弁護人は、A子が被告人の制作するアダルトビデオの女優として稼働することを承諾したのはA子とCとの間の問題であり、被告人がA子に対してアダルトビデオ女優として稼働するように説得・勧誘したことはなく、A子がそれを承諾するように働きかけることをCに依頼したこともないから、被告人の行為は職業安定法六三条二号の労働者を募集する行為に該当せず、被告人は無罪であると主張する。

四  ところで、職業安定法六三条二号は、「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者」を処罰する規定であり、同法五条五項は、「労働者の募集とは、労働者を雇用しようとする者が、自ら又は他人をして、労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘することをいう。」と定義している。ここにいう「勧誘」とは、労働者となろうとする者に対し、被用者となるように勧め、あるいは誘うなどの何らかの働きかけをすることと解される。もっとも、この「働きかけ」があるというためには、それに対する労働者となろうとする者の反応や意思等がどのようなものであるかを問わず、また、既に被用者となる意思を有している者に対してなされた場合であっても、直ちに働きかけの存在が否定されるわけではない。さらに、右定義規定から明らかなように、「働きかけ」は他人を介してされることも当然に含むものであるから、労働者を雇用しようとする者と労働者となろうとする者との間に、芸能プロダクションのような第三者が介在したとしても、それによって当然に労働者の募集をしたことにならないというわけではない。

もっとも、労働者を雇用しようとする者が第三者を介して雇い入れる場合について考えると、その第三者が既に労働者となろうとする者から職種、労働条件等の希望を聞いており、しかも、労働者を雇用しようとする者がその希望内容を認識したうえで希望どおりの職種、労働条件等を提示する際には、「働きかけ」の必要性が弱くなることもあり得るものと考えられる。特に、第三者が芸能プロダクションのような場合、芸能プロダクションとしても、労働者となろうとする者との間の契約に基づいてその者の希望する職種、労働条件等に沿った職業を探し出して紹介すれば、紹介料等の手数料収入を期待できるのであるから、芸能プロダクションの側から、労働者を雇用しようとする者に対し、労働者となろうとする者の希望を提示して雇用するように申し入れるような事態もしばしば生じ得るであろう。このように、芸能プロダクションを介して雇い入れる場合には、労働者を雇用しようとする者が働きかける必要性が弱くなって、労働の内容を説明すれば足りるということがあるばかりでなく、むしろ、労働の内容を説明するだけで芸能プロダクション側から売込みがなされ、それに応じて雇い入れるということすら十分あり得るものと考えられる。単に労働の内容を説明するにとどまり、何ら働きかけをしていない場合には、勧誘があったとはいえないから、「働きかけ」と認められる行為があったか否かを具体的に吟味しなければならない。

なお、芸能プロダクションを介して雇い入れる場合であっても、例えば、労働者を雇用しようとする者が、労働者となろうとする者に対し、既に芸能プロダクションに対して明らかにしていた希望とは異なる職種、労働条件等を提示して雇い入れようとしたり、あるいは、希望どおりの職種、労働条件等ではあるものの、現実に労働契約を締結するのをためらっているのを説得して雇い入れようとしたりするときは、単なる労働の内容を説明するにとどまらないから、当然、働きかけがあったものと認められる。

したがって、第一次的には、労働者を雇用しようとする者による芸能プロダクション又は労働者となろうとする者に対する行為を検討するほか、芸能プロダクションによる労働者となろうとする者に対する行為等をも併せ検討することによって、働きかけの有無を判断すべきことになる。

五  そこで、本件の経緯について検討するに、関係各証拠によれば、以下のような事実が認められる。

1  Cが経営するモデルプロダクションDは、登録された女性モデルを、グラビアのヌードモデルとして雑誌社に紹介したり、アダルトビデオの女優としてビデオ撮影制作業者に紹介したりして、その紹介料の半額をモデルに渡し、残りを収入としていた。より具体的には、Dが、雑誌などで女性モデルを募集し、応募者にどの程度の内容の仕事ができるかを確認した後、専属モデルとして登録しておく一方、雑誌社やビデオ撮影制作業者にモデルの写真を郵送するなどして仕事を求め、その内容を確認して注文をとり、モデルの意向を確認した上で業者にモデルを紹介し、モデルを業者に引き合わせる段階で業者から紹介料を受け取り、その半額をモデル料としてモデルに先払いするというものであった。

2  会社勤めをしているA子は、平成七年一〇月中旬、休日のアルバイトとしてヌードモデルをしようと考え、雑誌の募集広告で知ったDを訪ね、CからDの説明を受けた。その場で、A子は、Cから、全裸になっての男女のからみの場面を含むビデオ撮影などをすることやビデオ撮影のモデル料の最低金額(七ないし八万円)等の説明を受け、さらに、どの程度の行為まで撮影ができるかを具体的に尋ねられたため、全裸になるのはいいが、男女のからみでは本番(現実の性交)やアナル(肛門性交)はしないでほしい、顔はできれば写さないでほしいとの希望を話し、それ以外ならば何でもできると答えた。その結果、A子は、同月下旬ころ、Dのモデルとして登録され、同月末には、その紹介により、最初のアダルトビデオの撮影に応じた。

なお、DとA子との間の雇用契約書には、業務依頼を受けた際はその使命を最優先とし、全うすることに務めること、一旦承諾して組まれたスケジュールはバラし様がないことなどが記載されている。

3  被告人は、同月二五日の前刑仮出獄後、アダルトビデオの制作販売をしようと考え、同月末ころ、知人らからアダルトビデオのモデルのプロダクションとして紹介されたDのCに電話をし、モデルの写真を受け取るなどした後、D事務所において、「早急に十本位アダルトビデオを撮りたいので、毎日モデルを出してほしい。本番ができるできないは関係ない。内容はノーマルで変態ものではない。」などと言って、数人のアダルトビデオのモデルの紹介を依頼した。その際、被告人は、Cに対し、拘束時間が六時間程度であることや出演料などを告げたのに対し、Cからは、撮影の内容はモデルと打ち合せて、NG事項(モデルができないと言っていること)は撮影しないように言われた。被告人は、Cの提示するモデルの中からその希望条件に合う適当な者を選べば、Dとモデルとの契約に基づいてそのモデルを使うことができるものと認識し、実際にも、その後、Dから紹介されたモデルを使って、アダルトビデオの製作販売を開始した。

そのころ、被告人は、Cから、アダルトビデオのモデルとしてA子の存在を知らされ、Dに支払う紹介料は一六万円、NG事項は本番という条件で、A子をモデルとしてアダルトビデオを撮影することを決めた(なお、被告人がA子を選んだ経緯については、最初にCから渡された宣材と称する写真の中からA子を選んだのか、その後にCから追加的にA子を推薦されてそれに応じたのかは必ずしも明らかではない。)。Cは、A子が事前に提出していた休日の予定表を確認して、A子の休日である同年一一月八日を本件ビデオの撮影日とすることを考えた。

4  A子は、同月三日ころ、Cから連絡を受け、同月八日に本件ビデオ撮影の仕事が入った旨伝えられ、その内容として、ブルセラ系のアダルトビデオでソフトなからみがあること、モデル料は八万円であることなどの説明を受けたので、その程度のものであれば自分もできると思い、その日が会社の休日であることを確認して、その仕事を引き受けることにした。A子は、同月七日、Cから翌日の待ち合わせ場所の連絡を受け、翌八日午前九時二〇分ころ、待ち合わせの場所に行くと、Dの従業員Eが来て、八万円を手渡された。その後現われた被告人は、Eに紹介料の現金一六万円を支払い、EからA子を紹介され、その際、本番がNG事項であることの念を押された。

5  Eが帰った後、被告人は、A子を連れて喫茶店「××」に入り、A子に対し簡単な自己紹介をした後、「今日はハードに撮りたい。」「顔を撮ってもいいか。」(なお、この点は後記六3のとおり)「フェラや一人エッチはできるか。」などと質問したところ、A子が「私はセックスに慣れていないので、挿入はいやですが、フェラチオや一人エッチはできます。」と答えたため、「そんな無理なことはしないからやってくれるね。」などと言った。そのほか、被告人は、A子に対し、考えている筋書を説明し、A子の意見を聞いてタイトルを決めた。A子は、「ハード」と言われたことから、Cから事前に聞いていたソフトなからみという内容と違うと考えたが、既にモデル料も受け取り、Cからキャンセルをしてはならないと言われていたこともあり、Dに伝えてあるNG事項をさせられないというのであれば、この仕事は引き受けなければ仕方がないと考えた。そこで、A子は、被告人と共にアダルトビデオ撮影現場のラブホテルへと向かった。

6  ビデオ撮影は、午後零時ころから四時間くらいかけて行われた。その撮影内容は、A子が全裸となり、男優である被告人に対して口淫をしたり、疑似性交をしたりなどするというものであった。A子は、被告人からハードに撮りたいと言われていたので、どの程度ハードなのかと思っていたところ、予想していた場面設定とは違っていたものの、仕事の内容に無理はなく、当初考えていたものと違う内容であるとは思わなかった。撮影終了後、A子は、Cに電話連絡し、Cから何かトラブルはなかったかと聞かれて、無事終了した旨答えた。

六  そこで、以上の事実を前提として、働きかけの有無について検討を加えることとする。

1  まず、被告人がCにアダルトビデオのモデルの紹介を依頼し、A子を選んだ経緯についてみると、前記のように、被告人は、知人らからアダルトビデオのモデルのプロダクションとしてDを紹介されたため、Cに接触し、Cの提示したモデルの中からA子を選び、A子の希望する条件に沿う内容のアダルトビデオの女優としてA子を使おうと考え、その旨Cに伝えている。被告人としては、Cの提示するモデルの中からその希望条件に合う適当なものを選べば、モデルとDとの間の契約に基づいてそのモデルを使うことができると認識していたものである。

確かに、被告人は、自らCに接触を求めたうえ、Cに対し、計画しているアダルトビデオの内容を話してモデルの紹介を依頼し、最終的にA子を使う旨伝えており、このような事情に照らすと、被告人の方からCの側に働きかけたのではないかとみられないでもない。しかし、被告人は、Cから示されたA子につき、A子があらかじめCに話していた希望条件に沿う内容の仕事を提示したものであり、新たな条件等の提示は何ら行っていないのであるから、仮に働きかけと認める余地があるとしても、極めて弱いものに過ぎない。ところが、Cとしても、芸能プロダクションを経営し、A子らの専属モデルを抱えていたため、被告人の連絡を受けて直ちにモデルらの写真をすすんで提供し、あるいは追加的に推薦したうえ、それらのモデルの希望条件についても話して、被告人との間で紹介料の金額やビデオ撮影の条件等を交渉したものであって、モデルを積極的に売り込もうとしていたことも明らかである。特に、被告人がA子を選ぶにあたっては、Cの方からA子を追加的に推薦した可能性があり、仮にそうであるならば、Cの方からの売込みの色彩がより濃厚であったといえる。

以上のような点を考慮すると、この段階における被告人の行為は、働きかけとみられる面がないとはいえないものの、その程度は弱いばかりか、逆に、被告人としては計画している仕事の内容を説明したところ、Cの方からの売込みに応じてA子を選んだにすぎないという疑いを入れる余地が多分に存在する。このことは、後記2のC・A子間のやりとりが極めて事務的なものであったこととも平仄が合うものである。したがって、働きかけの存在を認めるには合理的な疑いが残る。

2  次に、CがA子に対して本件アダルトビデオのモデルの仕事を伝えた経緯についてみると、Cは、本件の仕事がA子のあらかじめ希望していた条件どおりのものであったため、A子に対し、仕事が入った旨を伝えてその内容を説明したものであり、また、A子としても、その連絡を受けて、日程的に可能か確認しただけで、直ちに引き受けている。

この段階では、A子は、既に、Dとの間で、NG事項が本番などという条件でアダルトビデオのモデルの仕事をする旨の契約を交わしていたところ、本件の仕事がその条件どおりのものであったため。CからA子への通知も、A子からCへの返答も、極めて事務的なものである。プロダクションとモデルとの間の事務連絡という様相が強く、その間に働きかけの存在をうかがわせるものはない。したがって、この点をとらえて、Cを介して働きかけたと認めることは困難である。

3  最後に、本件ビデオを撮影した当日、被告人がA子と面接した状況をみると、確かに、被告人がA子に対してその日のビデオ撮影の内容等を説明し、A子の確認を求めているから、そのような確認が必要な状況にあった以上は、この確認行為が働きかけに該当するのではないかと考えられなくもない。

しかしながら、それまでに、被告人とCとの話合いで仕事の内容が決まり、紹介料が被告人からC側へ、モデル料がC側からA子へと支払われていたのであり、そのためもあって、A子は既にこの仕事を引き受けなければ仕方がないと考えており、被告人もそのような状況にあることを十分認識していたものである。面接時に被告人がA子に説明した内容も、労働条件としては、既にCとの間で決められていた内容、即ち、本番がNG事項などというA子の希望条件で行うことを繰り返したにすぎないものであり(なお、顔を撮ることについては、後述する。)、むしろ、この説明は、実際にビデオ撮影を行うにあたって必要となる筋書や演技の具体的な打合せという性格が強かったものと理解することができる。また、この面接において、例えば、A子が撮影をためらったために説得したとか、A子に新たな条件を提示して説得したというような、働きかけと解される何らかのことを被告人が行ったという形跡もない。したがって、この面接時の説明と確認をもって働きかけと解するのは困難である。

なお、この面接の際、被告人は、A子に対し、「顔を撮ってもいいか。」と質問している(もっとも、被告人は、顔を撮るのは当然であるからそのような質問はしていないと一貫して主張し、Cも顔を撮られるのは当然であるかのように供述しているから、その旨質問されたというA子の供述の信用性には多少疑問がないとはいえないが、この面接時の具体的状況について最も明確な記憶を有する立場にあるA子の供述は、その他の事情を考慮すると、十分信用することができる。)。確かに、A子は、最初、Cに対してできれば顔を写さないでほしいと話していたものと認められるが、そもそも顔を撮られずにアダルトビデオのモデルとなることは困難な状況にあり、A子もそのことを説明されていたと認められることに加えて、A子が本件以前に他のアダルトビデオに出演しており、そこでも特に顔を撮られなかったとはうかがわれないことや、A子が被告人のこの質問に対して何らかの応答をしたとも述べていないことなどに照らすと、面接時までにA子は既にその希望の実現困難なことを認識してそれを放棄していたものと認められる。したがって、「顔を撮ってもいいか。」との被告人の質問は、特に新たな条件を提示して説得したものとは解することはできない。

4  以上のような理由により、被告人がCにモデルの紹介を依頼してA子を選んだ経緯、CがA子に対して本件の仕事を伝えた経緯、被告人がA子と面接して確認した経緯を個別的に検討しても、また、それらの経緯を総合的に検討しても、被告人が、自らあるいはCを介して、A子に対し、被告人の制作するアダルトビデオの女優となるよう働きかけて勧誘したと認めるには、なお合理的な疑いが残るものといわざるを得ない。

したがって、被告人が職業安定法六三条二号にいう労働者の募集を行ったと認めるに足りない(なお、Cの行為が本件に関して同号にいう職業紹介に該当するとしても、そのことが被告人の募集行為の成否に影響を及ぼすものではない。)。

七  よって、前記公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法三三六条により被告人に対して無罪の言渡しをすべきものである。

(量刑の理由)

本件は、わいせつビデオの制作販売業を営んでいた被告人が、わいせつビデオの女優として働かせるために、女子中学生を説得勧誘したという事案であるが、その犯行態様は、一五歳の女子中学生の思慮が十分でないことに乗じて、同女を言葉巧みに勧誘したものであって悪質であり、その結果、同女の心身に対して与えた悪影響、有害性の程度は大きかったものである。被告人は、これまでに、売春防止法違反により懲役及び罰金に二回、わいせつ文書等所持罪により懲役に一回、わいせつ文書等所持罪と職業安定法違反により懲役に一回それぞれ処罰されたことがあるにもかかわらず、前刑服役中から再びわいせつビデオの撮影の構想を暖め、仮出獄後間を置かずにビデオ制作販売業者として前刑と同種の犯行を敢行しているのであって、規範意識の鈍麻は著しい。したがって、被告人の刑事責任は重い。

そうすると、被告人が、今後は違法なことはしないと述べているなどの被告人にとって有利な事情を考慮しても、主文のとおりの量刑が相当である。

(裁判長裁判官 池田修 裁判官 瀧華聡之 裁判官 川田宏一)

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